
餅雪を白糸となす、というのは牡丹雪が枝について白糸のように思える、と言う意味らしい。一説には白糸餅というものがあってそれに似ているというのだが、謎解きを試みるまでもないだろう。牡丹雪には春間近というイメージが付随していて、白糸をふるわせる風には新しい季節の兆しが感じられる。
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音楽図譜「Cruising Blue」Vol01_Part3/Music by Akira Inoue
■前回の音源の後半にあたるパートを聞いて頂く。あらかじめメロディーを設定して演奏しているのではなく、あくまでも流れで即興的に演奏をしている。和音進行が定型的であればあるほど、逆に対応するメロディックなパートの自由さが音楽を重層的にしていく。こうした要素を教える旧約聖書がバッハの作品であるとしたら、新約聖書にはレノン=マッカートニーという名前が並ぶはずである。
カラ−リングされた糸と音楽ということで、まず思い出すのはコンサートハープ、もしくはグランドハープと呼ばれる優美な楽器だ。楽器には工芸品から工業製品へと変質を遂げてきた面があるが、ヨーロッパで進化してきた楽器の中でメカニカルな点ではグランドピアノと並んで近代性に満ちた楽器である。現代のコンサートハープは弦にかかるテンションを複数のペダルによってメカニカルに可変させることが出来る。限られた弦の数で様々な音階を瞬時に作り出すことの出来るこのシステムは、ハープ以外にはペダルスティールギターが備えているだけの特徴だ。
ハープの弦には規則的に赤と青(黒)のカラーリングされたものが使用され47本もある弦の配列中で何本目にあたるのかを示せるようになっている。
ピアノなどの鍵盤楽器と違い、ある一本の弦を弾いても「常に同じ音程が出るわけではない」という特性があるため、「どの弦を弾いているか」を常に把握しているための目安を与えてくれているのである。しかも複数のペダルは組み合わせによって多様な音程状況を生むため、ペダルのセッティング状態も把握していなくてはならないという、見かけの優美さに比して冷静さと計画性を求められる楽器なのだ。
したがって、譜面を書くにはペダリングまで想定しておかなければ事実上不可能という音型も多く、編曲家にとって知力と経験を問われる楽器の一つがコンサートハープという事になる。色々と考えながらペダルの指定をして編曲するのだが、やはり餅屋のように餅をつくことは出来ていないらしく、朝川朋之氏や竹松舞嬢などが僕の指定とは違うペダルで軽々と難フレーズを弾きこなすのを見ていて「なぁーんだ」とがっかりすることも多い。
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音楽図譜「Cruising Blue」Vol02_Part1/Music by Akira Inoue
■今回の音楽図譜は前回に続きベーシックがシンプルなので、古典的な楽典で言えば対位法と呼ばれる分野が見えやすい形になった。言葉による会話と同じで少し待ってみたり、相槌を打ったり、時には話の流れを省略して急かしたりする、そんな流れこそが音楽、そして演奏の魅力である。
楽器と奏者の関係というのは面白いもので、性格と言うか、タイプが似ている人が同一楽器には多いと言う現象が世界的なレベルで存在するものだ。もちろん例外的な人も沢山いるので、ギタリストよりも目立ちたがりのベーシストとか、寡黙なヴァイオリン奏者なども居るけれども、総じて高音楽器の人は低音楽器の人よりも賑やかな性格の人が多い。ハープに関しては「見かけが女性的なのに強靱な意志の持ち主」と言うイメージが僕にはあるのだが、朝川氏と竹松嬢のおふたりが作った印象であることは言うまでもない。朝川氏は誇張ではなく東京で録音されるほとんど全ての重要なスタジオワークを一手に引き受けているハープ奏者だが、そのキャパシティの広さは特筆に値する逸材である。編曲能力も一流である彼は具体的に譜面になっていない漠然としたオーダーでも半ば即興、しかもきちんと構成してハープのパートをまとめてくれる、という「専門的訓練を経ていないアーティスト」達にとっての神々しき存在と言えるだろう。いっぽう竹松嬢は医学生であり見目麗しきハープ奏者、何とも深窓の令嬢感の漂う女性である。彼女は本来の意味におけるセレブリティだと僕は思うが、芯の強さは「柔らかいがよく通るその音色」さながらに物静かだが揺るぎない。
コンサートハープに限らないが、曲を作る側、編曲する側が楽器について無知であることは、音楽的限界点を引き下げることに他ならない。知っていて困ると言うことはほとんど無いはずなのだが、知りすぎていてかえってフィルターがかかることも有るし、大胆な発想が生まれないことも多い。「手癖」が基盤になっている譜面は作る側にも弾く側にも「発見」をもたらさないという副作用を生む場合が多いのである。
こうして編曲家である僕(達??)は「この譜面は弾きやすい」と言われれば「多少は楽器を知っていますから。むふふ」と密かに微笑み、「この譜面は弾きにくい」と言われれば「予定調和では進歩がないですから。ヤバっ」と真剣そうな面持ちになるのだ。
ただし、演奏者に「この音は出ませんよ」と言われてしまうのは、流石にプロとかアマチュアとか以前の問題である。恥ずかしいの一言に尽きるが、最低(高)音域であったり調弦の関係、管楽器ではブレスの問題等々、実は急いでいたりすると(そうした音を)ついつい書いてしまうことも多々あるものだ。指摘される前に自分で気がつけばまだ良いのだが。
人知れず「白糸のように」冷や汗を流しながら、作編曲家達は現場で成長していくのである。
発行人 井上鑑記す


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