プロフィール

川崎隆章
川崎隆章

ラジオディレクター、放送史研究者。
1964年大阪生まれ。少年時代よりラジオ・テレビ史の研究に興味を持ち、「資料情報の裏を取るために」放送業界に入る。現在、落語中継番組を中心に担当。落語専門レーベル「ワザオギ」でもディレクターを務める。2009年よりアジア放送研究会理事。

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川崎隆章 まぼろしのテレビ局
記事一覧
10.07.15
Thu

(13)「式三番叟」考(下)

  ◎祈念演目としての「三番叟」  「三番叟」は五穀豊穣を祈る「地固め」の演目でもある。     つまり、少なくとも民間放送は、...

10.06.25
Fri

(12)「式三番叟」考(上)

  ◎スタジオで文楽上演 改めて、OTV初日午前の番組を再掲する。    10:00鈴木社長挨拶    10:20寿式三番叟 綱津,文五郎,王市(新聞表記に従った)   ...

10.06.09
Wed

(11)12月1日、朝

  第二章 〜「チャネル6」の誕生〜   ◎大阪はもっと寒かった  開局準備がすすめられた1956年11月の気象データを見ると、平均気圧1020.8hpa、総降水量4...

10.05.25
Tue

(10)プロレスと前夜祭

  ◎大阪の復興を支えたもの  OTVが開局した1956年は、終戦から11年目。町は未だ復興途上であった。    大阪の場合「大空襲から11年」と言ったほうがいいのか...

10.04.23
Fri

(9)真空管たちの休日

  ◎OTVの組織構成   12月1日の本放送開始まであと4日を残すところとなり、現場各所はまさに火を噴くような勢いで準備作業がすすめられていった。  「朝日放送の50...

10.04.06
Tue

(8)ニュース、やっこ、ボクシング

  ◎大阪で一番早い映像    1956年11月24日の大阪毎日新聞には、消費者が関心を惹かれるものとして「五輪・ボーナス・OTV」を挙げた。    ここ...

10.03.11
Thu

(7)ミュージカルショー「チャンネルNO.6」

  ◎対談、ドラマ    さて、いよいよ11月も後半を過ぎ、番組のジャンルも多岐にわたってくる。    ・11月17日(土)昼の部 11.00 テストパ...

10.02.22
Mon

(6)ドジャース戦中継

  ◎日米野球を生中継    1956年米ナショナルリーグの覇者となった「ブルックリン・ドジャース」は、日米親善野球のため、各地を巡りながらさまざまな日本人チームと試合...

10.01.14
Thu

(5)歴史的第一声

 大阪の毎日新聞(当時は東京と大阪では全く紙面が違っていた)のラテ欄コラム「ラジオとテレビ」では1956年秋、芸術祭参加のラジオ番組や、メルボルンオリンピックの放送中継に関する話題に交えて、大阪...

10.01.03
Sun

(4)生駒山のアンテナ群

 この写真は、2009年12月29日11時過ぎに撮影した、生駒山上のアンテナ群である (以下、写真撮影・荒木雪破)。  左端の銀色の棒のような塔がNHKの地上波デジタルテレビ送信塔。  ...

09.12.29
Tue

(3)予備免許まで

 大阪を発祥とする二大メディアグループ、朝日と毎日が「合弁で」民間テレビ局を設立するというのは人々を大いに驚かせた。しかも、国家によって呉越同舟を強いられた社団法人大阪放送局(JOBK)の時と違...

09.12.22
Tue

(2)宿敵「朝日と毎日」

 第二回目は、説明的な内容になることをお許し頂きたい。OTV設立の背景を説明するには、大阪を発祥とする二大メディアグループである朝日・毎日の両陣営の歴史的な対立経緯や、戦後、東京から乗り込んでき...

09.12.10
Thu

(1)序・堂島の黄色いビルディング

 1955年6月、大阪市北区堂島。江戸時代から続くビジネスタウンの中心にぽっかり空いた二千五百平米の空地に清水建設の旗が立った。そこは堂島川の河畔であり、進駐軍用地跡であった。  1日に地...