本は一通の手紙でもある。贈る相手のことを思いながら選ぶ先達文庫には、手紙には綴りきれないメッセージが託されるのだから。久保田仁美さんに届いた一冊は、樋口一葉が病床で筆を執ったときの作品。生前に刊行された唯一の本であったという。
久保田仁美さん 15期[守] 写し絵サプリ教室 師範代
(主婦/静岡市在住)
【ISIS編集学校略歴】6期[守][破]学衆・12期[守][破]学衆、4期花伝所、15期[守]師範代、風韻講座2座、物語講座1綴
松岡正剛校長から久保田仁美さんへの先達文庫
「樋口一葉の手紙教室『通俗書簡文』を読む」
森まゆみ著/ちくま文庫
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樋口一葉の手紙教室 (ちくま文庫)森 まゆみ
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【内容紹介】『通俗書簡文』は明治29年、一葉が24歳で夭折するその年に刊行された手紙の書き方実用書のことで、「通俗」とは、現代とは異なり「一般向き」「分かりやすい」という意味で使われている。「谷根千」の愛称で知られる地域雑誌の編集者森まゆみが、現代人にも分かりやすい口語訳を添えて解説している。様々な手紙の文例から一葉の生きた時代の細やかな人情や習慣などが見えてくる。巻末の解説は資生堂名誉会長の福原義春氏。
「松岡校長、一筆申し上げます。」
明治時代の手紙のやり取り
『通俗書簡文』は、一葉が亡くなる直前に大手出版社から刊行された手紙の書き方実用書です。携帯メールが日に何十件も行き来する現代と、毛筆で書いた手紙を使いの者に届けさせ、その返事を家で待つ明治時代。二つの時代の大きな溝を森まゆみの口語訳が、見事に埋めていきます。女性目線で言葉を継ぎ足しながら読み解く方法は、さながら世話物芝居を観る時の音声ガイドのよう。複雑な状況も、目に浮かぶように分かりやすく解説しています。
1996年11月筑摩書房より刊行された『かしこ一葉-『通俗書簡文』を読む』を再編集、改題し文庫化された
これが、樋口一葉式の手紙教室
文例は、それぞれ掌編小説のようで、細かな場面設定がなされています。例えば季節<冬の部>「かりたる傘を時雨ののちかえす文」では、引っ越し祝いをもらった知人に御礼をしなければと思いながらも、いつしか月日がたってしまった。貴方の家の近所に立派な菊があることを聞いたので、その帰りに御礼に伺おうとしたところ、思いがけずにわか雨に遭ってしまった。結局御礼どころか雨宿りをさせてもらい、さらには子連れで夕飯までご馳走になってしまった。日頃ご無沙汰ばかりして、突然思いつきでお邪魔する。身勝手に用のある時だけ参上する。急な冬の雨は、そんな身勝手さへの罰に天が降らせたとしか思えない・・・という具合。傘を借りることになったいきさつに、なんとドラマティックな場面を考え付くことでしょう。
先達文庫をはさんで『松丸本舗』っぽく組んでみたという本棚
現代にも通じること
森は上記の口語訳の後に「わが身が振り返られる手紙である。私は本を多く頂くがそのお礼の葉書がなかなか書けない。届いてすぐならば<只今ご高著拝受、心して読ませて頂きます>の一言ですむのが、一週間、十日と経つと<心して>ではすまなくなる。何か感想を書かなければ、と仕事の合間に斜め読みすれど頭に入らず、結局出さずじまいになったりする。」「その点、この手紙には学ぶべき所が多い。率直に、誠意をこめて説明し、あやまることである。」と自身の体験を交えた言葉が続きます。私も思い当たるだけに、深く身に沁みます。
一葉はそのほか<雑の部忠告の文例>「友のおごりをいさむる文」や<雑の部お見舞の文例>「試験に落第せし人のもとに」でも、言葉を選びながらも果敢に言葉を紡いでいます。
一葉の奇蹟
千夜千冊638夜『たけくらべ』樋口一葉の中で松岡校長は「べつだん比較したわけではないが、ひょっとして日本の近代小説のなかでは『たけくらべ』にいちばんの影響をうけたかもしれない。」「明治27年12月『大つごもり』を発表、その1ヶ月後には『にごりえ』をまとめ、さらに『たけくらべ』の連載を始めた。奇蹟の14ヵ月の出奔だった。」と書かれています。
師範代として教室を受け持った4ヶ月を奇蹟と言うのは大袈裟ですが、主婦生活にどっぷりつかっていた私にとっては、未知の体験でした。夜更かしは当たり前、回答への指南が追いつかず徹夜することもありました。しかし、師範代をやっていると「できない」と思われたことをひっくり返す力が湧いてくるのです。4ヶ月後には全てを「できる」にしてくれました。
松岡校長から頂いた言葉
「破をやってくれないのは残念。
でも、仁美さんのミームはどこかで
編集学校に広げていってほしいのです。
一葉の奇跡のようにね。」
「松岡校長からいただいた言葉。いつか応えられる日が来るかな」(久保田さん)
松岡校長の方法を生徒さんに伝える「写し絵」でありたいという願望と、平山智史師範代の充実した12期[守]ツボ三里サプリ教室の「サプリ」を引き継いだ「写し絵サプリ教室」の4ヶ月。毎日が全力疾走だったので、ゴールした後すぐにスタート台に付く勇気がありませんでした。先達文庫に書いていただいた言葉のように、その時は応えることができませんでした。
[破]の師範代にはなりませんでしたが、一年後[遊]の学衆としてイシス編集学校に戻ってきました。細く長くまだまだこの先も編集学校と松岡校長と繋がっていきたいその気持ちは変わりません。
松岡校長の本がぎっしりつまった本棚の前で
(文・久保田仁美)

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