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    <title>デジタル歴史小僧</title>
    <link>http://www.honza.jp/author/9</link>
    <description>デジタル歴史小僧</description>
    <language>ja</language>
    <item>
      <title>第12回　2012年大河は「平清盛」に決定！――気になる主演はあの演技派俳優!?</title>
      <link>http://www.honza.jp/author/9/reki_sansatsu?entry_id=2122</link>
      <description>&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/41Q7XD33Z6L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;平清盛の闘い―幻の中世国家 (角川叢書)&quot; /&gt; &amp;nbsp;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/61RFWAGGBVL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;実は平家が好き。―目からウロコの「源平」、その真実 (ダ・ヴィンチ特別編集 (8))&quot; /&gt;&amp;nbsp; &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/5103VCE898L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;清盛&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;2012年のNHK大河ドラマが『平清盛』に決定しました。近年高視聴率の続く大河ドラマ、なんと放映の１年半近くも前に、次々回作を発表するわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;それでは来年の大河はというと、『江～姫たちの戦国』。「江」と聞いてピンと来る人はかなりの戦国好きでしょう。彼女は浅井長政に嫁いだ信長の愛する妹・お市の娘。浅井長政とお市の間に生まれた３人姉妹は、父・長政が叔父である信長に攻め滅ぼされるなど戦国の荒波に翻弄、やがて長女・茶々（淀）は豊臣秀吉に、次女・初は京極高次に、三女・江は徳川秀忠に嫁ぐのですが&amp;hellip;&amp;hellip;と、今日は江の話ではありませんでした。。。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;近年の大河ドラマを振り返ってみると、2006年の『功名が辻』にはじまり、『風林火山』（07年）、『篤姫』（08年）、『天地人』（09年）、『龍馬伝』（10年）、『江』（11年）と続いてきました。どの作品も個性があり話題にもなりましたが、取り上げた時代を見てみると、「戦国・戦国・幕末・戦国・幕末・戦国」と、戦国時代と幕末が６年間繰り返されたのです。いくら戦国と幕末は人気が高いとはいえ、大河ファンであってもちょっと食傷気味&amp;hellip;&amp;hellip;。そんな中、『平清盛』は戦国・幕末ループから脱却した久しぶりの作品になるわけです。05年のタッキー主演『義経』以来となる源平ものに、寄せる期待の声も多く聞かれます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;主演というと、『平清盛』の主演を含むキャストはまだ一人も発表されていません。ネット上では議論がヒートアップしており、清盛役に「大沢たかお」「市川亀治郎」「玉木宏」といった演技派の名が挙がっています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;知り合いの芸能ライターの見立てでは、大河『新選組！』（04年）の土方歳三役で脚光を浴びた山本耕史が有力ではないかと。現在33歳の彼は、同じNHKの時代劇『陽炎の辻～居眠り磐音 江戸双紙～』シリーズでも主演を務めており、NHKとの関係も良好だそうですが、果たして。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;さて、『平清盛』への期待感がある一方、大河ファンの中には「あんな悪人が主人公で視聴率は大丈夫なの？」と心配されている人もいるはず。確かに、清盛のパブリックイメージは「世紀の大悪人」。『平家物語』の有名な一節「奢れるものは久しからず～」の「奢れるもの」とは、ずばり清盛と彼が率いた平家一門を指しているわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;さらに、日本人の中には源義経というヒーロー像が「判官贔屓」という言葉とともに骨の髄まで染みついていますから、清盛にとっては分が悪い。傲慢な平氏／勇猛果敢な源氏、陰険で老練な清盛／ハンサムで軽快な義経（史実ではブサ男なんですけど）、というコントラストによって清盛のイメージは徹底的に蔑まれてきました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;でもですね、歴史の中のヒール役は、得てして敵対する陣営にようるねつ造であることが多いわけです。そりゃ自分の人気を高めるには、相手の人気を下げるのが手っ取り早いわけで。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;清盛のヒール像も、後世に生み出された偽像であると言わざるを得ない面が多々あります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;歴史史料に記された清盛を追ってみると、例えば鎌倉時代に書かれた説話集『十訓抄』には、「清盛は相手のくだらない冗談でも笑ってやり、素行が悪くてもよっぽどでない限りしからなかった。また身分の低い者でも態度を変えずに接した」というエピソードを載せており、「情け深く、気配りに優れた人」と評しています。同じく鎌倉時代に記された『愚管抄』にも、「慎重に行動する思慮深い人」とある。どうやら清盛は思いやりがあり、人間関係に気を配れるという一面を持ち合わせていたようです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;ここで彼の生涯を追いかけるのは紙幅の都合で止めておきますが、日本史上における清盛の果たした功績を一言で表せば「革命」ということでしょう。貴族政治を乗っ取るかたちで武家政権を確立し（最近の教科書では清盛の治世を「平氏政権」と表現しています）、さらには遣唐使の廃止以来途絶えていた中国との交易を再開した（日宋貿易）。乱暴な議論で恐縮ですが、その偉大さは、中世社会を打破した織田信長や近代日本を導いた幕末に比肩しうるものといえるでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;そんな功績を、単に傲岸不遜な人間が成し遂げられるはずはありません。もちろん権力を牛耳ってからは、横暴なことも多々あったでしょう（それは晩年の秀吉のような老害だったかもしれません）。信長や西郷隆盛など日本史上の傑物たちがそうであるように、清盛は善なる行為と悪なる行動の振り子が大きく、その清濁を併せ呑む大きな懐を持っていたのでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;2012年の大河ドラマが、そんな新清盛像を打ち出してくれることを期待してます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;大河ドラマはまだ再来年ですが、今回は清盛の実像により迫ろうと試みている３冊をご紹介しましょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3268/12_1.jpg&quot; alt=&quot;12_1.jpg&quot; /&gt;
&lt;p&gt;著者は院政時代から武家政権成立における政治史研究の第一人者。院政を乗り越えて清盛が建設しつつあった武士政権とはどのようなものだったのか、そして突然の死がなければその政権はどのように発展していったのか。客観的な筆致だが、その背景には清盛への尊敬の念があふれている。&lt;/p&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3268/12_2.jpg&quot; alt=&quot;12_2.jpg&quot; /&gt;
&lt;p&gt;・平家ラブ・を前面に打ち出した本書。清盛像の検証から始まり、平家に関わる女性列伝、平家関連のメディア紹介、平家の隠れ里と末裔紹介といった多種多様なコンテンツ。平家支配のコンセプトを解説した「コスモポリタン（国際派）」「ヒューマニスト（人権派）」「アーティスト（文化人）」「サイエンティスト（合理主義者）」という４つのキーワードは説得力がある。&lt;/p&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3268/12_3.jpg&quot; alt=&quot;12_3.jpg&quot; /&gt;
&lt;p&gt;芥川賞作家・三田誠広氏による歴史小説。白河法皇のご落胤ともされる清盛は、その出自の重さに苦しみながらも、一武士として転戦を重ねやがて武士の棟梁として台頭していく。支配者になるまでの成長と内面の揺らぎを精緻に描き、時代の変革者の実像に迫る。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Mon, 06 Sep 2010 17:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:subject>http://www.honza.jp/author/9/reki_sansatsu?entry_id=2122</dc:subject>
      <dc:date>2010-09-06T17:00:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>番付【壱】　壮絶なる攻城戦の舞台［前編］</title>
      <link>http://www.honza.jp/author/9/reki_oshiro?entry_id=2144</link>
      <description>&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;首さらし！&amp;#12288;皆殺し！&amp;#12288;壮絶な戦いが繰り広げられたお城たち&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;城とは本来、戦時下において籠城し戦うためのものである。だが、実際に激しい戦いが行われることは意外に少なく、調略や和睦によって城を明け渡すのが一般的だった。しかし、さまざまな事情から、無理やりに武力で攻撃されて、攻め落とされてしまった城も数知れず&amp;hellip;&amp;hellip;。今回はそうした城の中から、特に激しい攻防戦が行われた城をセレクトしたランキング！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;―第１０位―&lt;br /&gt;
城兵の4倍の敵を殺戮した只見の城&lt;br /&gt;
和泉田城（いずみだじょう）&lt;br /&gt;
福島県南会津町&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/5225/10_%E5%92%8C%E6%B3%89%E7%94%B0%E5%9F%8E.JPG&quot; alt=&quot;10_和泉田城.JPG&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;長軸30mほどある曲輪には、小さなほこらが祭られている。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;1589（天正17）年、会津を占領した伊達軍は、その勢いに乗って只見（ただみ）地方に軍勢を進めた。そこで最も激しい戦いが展開されたのが和泉田城である。落城から3年後に書かれた記録によると、城兵200人が討死、攻城側も800人もの人数が討死してしまったという。城兵の必死の抵抗で、攻城側に4倍もの犠牲者を出したのである。この戦いで犠牲を省みない力攻めに懲りた伊達軍は、その後の戦いでは無理な城攻めをいっさいしなくなっている。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;―第９位―&lt;br /&gt;
父の威光を払拭するためのムリ攻め&lt;br /&gt;
高天神城（たかてんじんじょう）&lt;br /&gt;
静岡県掛川市&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/5225/09_%E9%AB%98%E5%A4%A9%E7%A5%9E%E5%9F%8E.JPG&quot; alt=&quot;09_高天神城.JPG&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;城の南側から見た高天神城。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;遠江にある高天神城は、遠江を支配するための重要な拠点となる城だった。そのためこの城を狙った武田信玄によって攻められたが、城の守りは堅く、落城することはなかった。信玄の死後、跡を継いだ武田勝頼は、偉大な父を越えるため多大な犠牲を出して高天神城を力攻めにした。これによってさすがの高天神城も落城したのだが、調子に乗りすぎてしまったことが勝頼の没落劇の始まりでもあった。その後、徳川勢によって城は攻撃され、再び落城の憂き目をみることとなる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;―第８位―&lt;br /&gt;
最期まで戦い抜いた名将紹運の執念&lt;br /&gt;
岩屋城（いわやじょう）&lt;br /&gt;
福岡県太宰府市&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/5225/08_%E5%B2%A9%E5%B1%8B%E5%9F%8E.JPG&quot; alt=&quot;08_岩屋城.JPG&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;壮絶な籠城戦が行われた岩屋城。その戦死者を讃える碑。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;筑前岩屋城は大友宗麟の家臣・高橋紹運（たかはしじょううん）の居城であった。1584（天正14）年、耳川の戦いで大友軍を破って勢いに乗った島津軍は、岩屋城にも迫ってきた。島津は降伏を勧告するが、紹運はそれに応ぜず、徹底抗戦をすることに。紹運以下の籠城衆は最期まで島津勢相手に果敢に戦い続け、最終的には城内の763名全員が討死するという壮絶な結果となった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;―第７位―&lt;br /&gt;
伊達政宗の名を天下にとどろかせた撫で斬りの城&lt;br /&gt;
小手森城（おでもりじょう）&lt;br /&gt;
福岡県二本松市&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/5225/07_%E5%B0%8F%E6%89%8B%E6%A3%AE%E5%9F%8E.JPG&quot; alt=&quot;07_小手森城.JPG&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;愛宕神社の鳥居。この先を登ると城址に着く。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;1583（天正13）年、家督を継いで間もない19歳の伊達政宗は、塩松領主・大内定綱（おおうちさだつな）の籠る小手森城を攻撃した。しかし、降伏するそぶりを見せながら降伏しない城兵たちに政宗は翻弄されてしまう。怒った政宗は城を力攻めにし、城内にいた老若男女はもちろん、牛馬の類まで、生きているものはすべて皆殺しにしたという。これによって伊達政宗の名は恐怖を伴って奥羽に広がっていくこととなる。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;―第６位―&lt;br /&gt;
城の回りに並べられた3000の首&lt;br /&gt;
志賀城（しがじょう）&lt;br /&gt;
長野県佐久市&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/user/reki_oshiro/files/06_%E5%BF%97%E8%B3%80%E5%9F%8E.jpg&quot; alt=&quot;06_志賀城.jpg&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;ヤブに覆われた本丸跡。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;1546（天文15）年、信濃征服を目指していた武田信玄は、佐久地方の拠点的城郭であった志賀城に押し寄せた。抵抗する城兵への見せしめとして、小田井原で討ち取った敵の首3000を城の回りに並べ立てるという凄惨なことを行う。これを見て狼狽する城に信玄は総攻撃を仕掛け、籠城の兵たちを全滅させた。このため現在でも佐久地方において武田信玄は極悪人とされ、泣く子がいると「信玄が来るぞ！」といって脅すという。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;―第５位―&lt;br /&gt;
天下人の脅威！&amp;#12288;わずか4時間で落城&lt;br /&gt;
山中城（やまなかじょう）&lt;br /&gt;
静岡県三島市&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/5225/05_%E5%B1%B1%E4%B8%AD%E5%9F%8E.JPG&quot; alt=&quot;05_山中城.JPG&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;西櫓の堀。堀の底を仕切る障害物が特徴的だ。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;1590（天正18）年、北条氏討伐を決意した豊臣秀吉は、諸大名20万の軍勢を率いて関東にやってきた。関東の入口に当たる箱根の街道を守るための城が山中城だ。秀吉は最初の戦で上方勢の強さを思い知らせるため、山中城に猛攻を加え、そのためわずか4時間で山中城は落城。しかし上方勢の犠牲も多く、先陣を受け持った武将・一柳直末（ひとつやなぎなおすえ）が戦死するほどの激戦となった。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;―第４位―&lt;br /&gt;
かの長篠の戦いの舞台&lt;br /&gt;
長篠城（ながしのじょう）&lt;br /&gt;
愛知県新城市&lt;br /&gt;
&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/5225/04_%E9%95%B7%E7%AF%A0%E5%9F%8E.JPG&quot; alt=&quot;04_長篠城.JPG&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;豊川の対岸から見た長篠城。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;長篠城は、城の規模こそはさほどではないが、三河の拠点的城郭であった。これを奪い取るために武田の軍勢が総力を挙げて押し寄せ、1万5千の軍勢で城を囲んだ。しかし、城兵たちも抵抗を続ける。そこに織田・徳川の連合軍3万8千が到着し、城の近郊設楽ヶ原（したらがはら）で史上まれに見る大決戦が行われることになる。これが名高い長篠の戦いであり、この戦闘で武田方の有名な武将たちの多くが命を失ってしまい、武田家衰亡の直接的な契機となっていった。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;※後編に続く&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Thu, 02 Sep 2010 20:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:subject>http://www.honza.jp/author/9/reki_oshiro?entry_id=2144</dc:subject>
      <dc:date>2010-09-02T20:00:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>第5回　近藤勇</title>
      <link>http://www.honza.jp/author/9/reki_KY?entry_id=2121</link>
      <description>&lt;p&gt;第5回&amp;#12288;近藤勇 &lt;br /&gt;
武州多摩の血で幕末を駆け抜けた頑固者KY&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;テレビやマンガ、小説などで人気者の新選組局長・近藤勇。農民出身でありながら、武士よりも武士らしく生きたと、老若男女から羨望のまなざしを浴びています。しかし！&amp;#12288;彼って実は大政奉還の意味も分かってなかったみたいで&amp;hellip;&amp;hellip;。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3827/KY5_02.jpg&quot; alt=&quot;KY5_02.jpg&quot; /&gt;&lt;br /&gt;
見るから～に頑固者っぽい、近藤さんのお顔。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3827/ky_05.gif&quot; alt=&quot;ky_05.gif&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
誇り高き多摩の郷士、京へ
&lt;p&gt;「多摩の百姓とか体育会系とかよ、あんまり人を馬鹿にすんじゃねえぞ！」近藤勇さんが怒ってますよ。「オレたちゃ、八王子千人同心の流れをくむ立派な武士なんだ。百姓は仮の姿。それを忘れてもらっちゃ困るね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;さて、近藤さんは何を怒っているんでしょう？&amp;#12288;彼が結成した新選組は、一般的に関東の農家出身の殺人集団だと思われていますね。けど彼らの名誉のためにいいますが、多摩地区って幕府の直轄地でして、単なる農村じゃない。文化レベルは高かったんです。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;&amp;ldquo;八王子千人同心&amp;rdquo;とは、西からの敵の侵攻を封じる警備要員で、将軍様より八王子・多摩近辺の治安を任された郷士のこと。彼らの徳川幕府に対する忠誠心は旗本以上のものがあった（&amp;hellip;&amp;hellip;ただし近藤さんの実家は千人同心じゃないですよ）。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近藤「新選組は攘夷の集団なんだよ。異人の外道から日本国を守る&amp;ldquo;尽忠報国&amp;rdquo;の士である。清河八郎って山形出身の浪士が幕府に働きかけて結成したのが浪士組だ。このときのスローガンが&amp;ldquo;尽忠報国&amp;rdquo;つまり攘夷ってことだな。これに賛同してオレたちは浪士組に参加したってわけだ。文句あるかい！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;ここがポイントですね。近藤さんにとって&amp;ldquo;尽忠報国&amp;rdquo;の国とは徳川の日本なんです。外国勢力から将軍様の国を守ること＝攘夷。これ、思想じゃありません。多摩出身者にインプットされたDNAなんです。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;一方の清河八郎は勤王派で&amp;ldquo;尊王攘夷&amp;rdquo;。これは天皇の日本国を守るという当時流行の社会思想です。思想とDNA、このちがいが近藤たちのKY的暴走の原点となる。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;浪士組は将軍徳川家茂が上洛するおりに、警護役として京都に赴きます。ところが清河は、浪士組は朝廷直属の兵だといい出すんです。話がちがうじゃないかと、近藤さんたちは怒って清河八郎と袂を分かつ。浪士組を離れた彼らは幕府の出先機関である京都守護職お預かりとして新選組を発足させます。清川は後に幕府の刺客によって暗殺されました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
京の殺人狂時代
&lt;p&gt;&amp;#12288;さて、はるばる京都まできた近藤さんたちは、京都守護職で会津藩主の松平容保のお世話になることになりました。会津藩は藩祖保科正之以来、将軍様を命がけでお守りすることを誓った藩でした（「会津藩家訓」）。多摩出身者と同じDNAなんです。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;この頃政治の流れは公武合体、朝廷と幕府が一体となり、実質幕府主導で動いていた。会津・薩摩・土佐藩もこの路線上にある。つまり新選組は、幕府の意向に沿って思い切り暴れることができたというわけです。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;尊王攘夷という高邁な思想を掲げた志士たちも、新選組から見ればただのチンピラ浪人にすぎません。容赦なく斬り殺すか、捕縛して拷問するか、やりたい放題。そして一人の尊攘過激派が捕らえられます。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近藤「会津様（松平容保）はいい人でさ、オレたちの志をよくわかってくれた。徳川に対する忠節は会津藩も同じだって。うれしくなっちゃってさ、京都の街でソンジョーソンジョーって叫ぶ不逞の輩をバッサバッサ斬りまくったぜ。&lt;br /&gt;
古高俊太郎っていうソンジョー馬鹿だ。こいつを天井から逆さに吊るして足の裏に五寸釘打ってロウソクたらしてやったぜ。本格的なプレイだね。ヒイヒイいってようやくゲロしたんだが、過激派の恐ろしい計画が発覚した。御所を放火して帝を拉致するんだってさ。バッカじゃねえの。で、連中の集まる池田屋を襲撃したってわけ。長州の桂小五郎は取り逃がしたが、不逞の輩を11人斬り殺し、23人捕縛した。ザマアミロってんだ！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;完全に調子に乗ってますね&amp;hellip;&amp;hellip;。そう、この池田屋事件で新選組は幕府に高く評価されたんです。高額な報奨金までもらって近藤たちは大喜び。この時期が新選組のピークでしょう。禁門の変（蛤御門の変）が起こり、長州勢が完膚なきまでに叩かれて、勤王派は京から一掃されます。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;だけどなんとなく怪しい雰囲気が漂ってくる。長州征伐は中途半端だし、攘夷を叫んでいた薩長は開国をいうようになるし。土佐藩の動きも妙だ。さすがに近藤さんも何かを感じたようです。そこで政治のわかる、KYじゃない人材を新規募集することにしました。伊東甲子太郎というイケメンを入隊させたのはそういう理由です。弁舌さわやかで頭もキレる。近藤さんは伊東に期待して、彼の仲間と一緒に8人入れました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
殺るしか能がないKY集団
&lt;p&gt;&amp;#12288;伊東を好待遇で迎えたものの、なんと彼はバリバリの勤王派だったんです！&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近藤「不覚だった！&amp;#12288;あいつは清河と同じだ。攘夷の前に開国すべきだ、公武合体は古い、将軍など朝廷が任命したにすぎないっていう。オレが『徳川様あっての新選組じゃねえか！』といったら、ヤツは鼻で笑ったね」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;近藤さん、完全に読みが外れてしまいました。この間に薩長同盟が結ばれ、時代は公武合体から天皇親政に向かって動き出す。倒幕の流れですね。将軍家茂公が亡くなって長州征伐が中止になり、伊東一派は薩摩藩と通じて新選組から独立、高台寺党を結成します。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;世の中はどんどん変化していくのに近藤たちはついていけません。そこに大政奉還の話が持ち上がる。大政奉還は幕府を解体するプランなのに、その意味がよくわからない。そこで近藤さんは大政奉還を唱えている土佐藩士・後藤象二郎に掛け合います。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近藤「坂本龍馬?&amp;#12288;そんなヤツは知らねえよ。大政奉還といえば後藤さんだ。だけど冷たいお人でさ、ちゃんと教えてくれないんだ。だいたい何で上様が政権を返上しなくちゃならないんだよ。わけわかんないから、とりあえず伊東一派を殺すことにした」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;このとき、薩長軍が京都に進軍していたのです！&amp;#12288;こんな一大事に、何とKYなことをやってるんでしょう！&lt;br /&gt;
&amp;#12288;近藤さんは愛人の家に伊東を呼んで酒を飲ませ、彼を闇討ちにします。その遺体を放置し、取りに来た高台寺党のメンバーをメッタ斬り。合わせて4人惨殺します。これを油小路の変といいますが、要するに内ゲバですね。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;大政奉還に続き、王政復古のクーデターで将軍職が完全に廃止されます。将軍徳川慶喜は二条城から大坂城に退きました。近藤さんには何が何だかサッパリわからない。それどころか高台寺党からの逆襲に遭うのです。伏見墨染で狙撃され、弾は右肩を貫通。近藤は刀を持てない体になってしまった。闇討ちなんてするからですよ。自業自得です。療養のために新選組を離れて大坂にいたら、鳥羽伏見の戦いが勃発して、旧幕府軍は惨敗。参戦した多くの新選組隊士が戦死しました。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;しかも、幕府命の近藤さんにはちょっと考えられないようなことも起こるんです。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近藤「上様を信じて、大坂城での籠城戦を主張したら、その将軍様が逃げ出した。会津様も一緒だってさ。ショックだったね。仕方ないから江戸に戻って、薩長の田舎侍と一戦交える覚悟だったが、勝海舟のオッサンが大金をくれた。おまけに甲府100万石を自由にしていいってさ。やったぜ、オレは大名だよ！」&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;勝海舟は江戸城の無血開城によって明治維新をソフトランディングさせたかったんです。KYな近藤たち新選組は迷惑な存在。だから江戸から厄介払いしたわけですね。近藤一行は甲州に向う途中、多摩で歓待されます。彼らは故郷の英雄でした。連日の宴会に大はしゃぎ。だがマヌケなことに、その隙に新政府軍が甲府城を占拠してしまう。慌てて勝沼で戦闘を開始しますが、まったく歯が立たたない。ボロ負けでした。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;勝の目論見通り新選組は敗走して仲間割れを起こし、近藤は流山で捕えられます。彼はウソついて&amp;ldquo;大久保大和&amp;rdquo;を名乗りますが、高台寺党の残党に近藤勇だと見破られてしまう。武士らしく切腹を望みましたが許されず、斬首。首はアルコール漬けで運ばれ、京の三条河原にさらされました。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;結局最期まで、彼は大政奉還の意味も分かってなかった？&amp;#12288;こうしてみると、近藤さんの人生って&amp;hellip;&amp;hellip;。ま、知らないってことはある意味幸せですから、それはそれで良かったんでしょうか。彼自身はどう思っていたのでしょう？&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
近藤「最期までオレはKYだったのかねえ。まあ、滅びゆく徳川幕府に殉じたんだ、悔いはないさ。今でもオレたち人気があるっていうじゃないか。時代の空気を無視して、頑固に生きたことが人気につながってんじゃないの？（笑）」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3827/ky_nakabanner.gif&quot; alt=&quot;ky_nakabanner.gif&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt; &lt;/p&gt;



    
        
            &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51TDBBQ5D5L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;新選組始末記 (中公文庫)&quot; /&gt;
            
            新選組始末記 (中公文庫)
            子母沢 寛
            
                中央公論社
            
            
        
    



&lt;p&gt; &lt;/p&gt;
&lt;p&gt;すべての新選組モノの原点。詳細なデータがつまった本だ。小説のネタ元なので、フィクションを読む前にまずこれを読むべし。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt; &lt;/p&gt;



    
        
            &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/418TABHD9RL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;新選組 (岩波新書)&quot; /&gt;
            
            新選組 (岩波新書)
            松浦 玲
            
                岩波書店
            
            
        
    



&lt;p&gt;近藤勇の書簡等を読み解いて、新選組の精神史を浮き彫りにする。近藤のＫＹぶりがよくわかる本。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt; &lt;/p&gt;



    
        
            &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/3154CXAY01L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;近藤勇白書 (角川文庫)&quot; /&gt;
            
            近藤勇白書 (角川文庫)
            池波 正太郎
            
                角川書店
            
            
        
    



&lt;p&gt;歴史小説の大家の近藤勇小説。熱血漢な近藤はかなりカッコイイ。とりあえず従来の近藤像が知りたいならコレ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Fri, 27 Aug 2010 17:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:subject>http://www.honza.jp/author/9/reki_KY?entry_id=2121</dc:subject>
      <dc:date>2010-08-27T17:00:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>壱ノ巻　イケメン同心ベスト3</title>
      <link>http://www.honza.jp/author/9/reki_chonmage?entry_id=1957</link>
      <description>&lt;p&gt;&amp;#12288;はじめまして。コラムニストにして女流時代劇研究家のペリーです。私は時代劇好き女子集団「チョンマゲ愛好女子部」の部長で、有楽町高架下の居酒屋「八百八町」などに集っては、実りがあるんだかないんだかよくわからないちょんまげ部活中。これから、ここで様々なちょんまげイケメンについてのコラムを書いていきますので、どうぞ、よろしく。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;というわけで、第一回のテーマは「イケメン同心ベスト3」!!&amp;#12288;同心といえば、江戸の南北両奉行所に勤務して治安を守る、いわば警察官。町を見回る定町廻り、隠密廻り、臨時などがいて、花形の定町廻りの「だんな」は、よくモテたらしい。事件&amp;amp;モテ男ということで、ドラマには欠かせないキャラであり、これまで元若大将加山雄三主演の「江戸の疾風」やシャルウイダンス役所広司の「八丁堀捕物ばなし」など、同心ドラマは結構多い。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;先般の参院選挙で、チョンマゲ的に何が衝撃だったかといえば、「原田大二郎」立候補だった。なんたって大二郎は「大岡越前」の熱血イケメン同心筧甚八である。下手人捕縛のためなら、女装(!)して囮捜査も辞さない筧同心のパワーに、冷静なお奉行様(加藤剛)も「あの筧が。ふふふ」と微笑むしかなかった。その大二郎が、チョンマゲもテンガロンハットも脱ぎ捨てての立候補。熱血ぶりが昔のままだとが確認できただけでも、収穫だったな&amp;hellip;。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;実は「大岡越前」シリーズは、イケメン同心の宝庫。古くは和田浩治(彼の演じた同心風間駿介は、テレビ東京系で『疾風同心』というスピンオフシリーズにもなった)、森田健作、佐藤祐介なども若手同心として登場。中でも光っていたのは、三浦友和。当時は肌つやつやの美青年同心だったのよ。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;隠密同心系では、やっぱり「大江戸捜査網」。杉良太郎、里見浩太朗ら大御所もいたが、名物の名乗りシーン(このドラマでは悪人たちに「隠密同心○○」と名乗るのがお約束)にて、同心とは思えないあの独自メイクで「あっきくさ、しんじゅぅろおう(秋草新十郎)」と決めていた京本政樹は強烈。夢に出そうだった。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;近年の作品では、「必殺仕事人2009」の福士誠治にも一票。同心で仕事人という渡辺小五郎(東山紀之)の後輩役。ちょっと可愛い感じがよかった。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;そんなわけで、ベスト3は、つやつや三浦友和、メイク京本政樹、可愛い系福士誠治。文句ある！という方、ご意見歓迎です。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;チョンマゲ愛好女子部新刊！&lt;br /&gt;
『このマゲがスゴい!! マゲ女的時代劇ベスト100 』発売中&lt;/p&gt;



    
        
            &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51aQcLE8iXL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;このマゲがスゴい！！&amp;amp;#12288;マゲ女的時代劇ベスト100&quot; /&gt;
            
            このマゲがスゴい！！&amp;#12288;マゲ女的時代劇ベスト100
            ペリー 荻野 ; チョンマゲ愛好会女子部
            
                講談社
            
            
        
    



&lt;p&gt;&amp;nbsp;歴史は知らずとも時代劇を愛す「チョンマゲ愛好女子部」。この女子部に集う「マゲ女」たちの、夜な夜な繰り広げられる（妖しい）会話をもとに成立したのが本書。錦ちゃんから杉サマまで、抱腹絶倒な時代劇ガイド。&lt;/p&gt;
&lt;p class=&quot;MsoNormal&quot;&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Wed, 18 Aug 2010 17:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:subject>http://www.honza.jp/author/9/reki_chonmage?entry_id=1957</dc:subject>
      <dc:date>2010-08-18T17:00:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>第11幕 井伊直弼×村山たか</title>
      <link>http://www.honza.jp/author/9/reki_renai?entry_id=2017</link>
      <description>&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;幕末一のヒール役と女スパイの危険な恋&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;安政の大獄なんていうトンでもない弾圧をやって、桜田門外で殺された井伊直弼。そんな彼の愛人はなんとスパイ！ &amp;#12288;いかにも悪人って感じで、人気の低い人物ですが、意外や意外、愛人の前では彼って結構かわいいところもあったんです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;超有名人なのに嫌われ者&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;この秋公開の映画『桜田門外ノ変』が公開！&amp;#12288;主演の大沢たかおのほか、豪華なキャストや、オープンセットも一般公開されて、公開前から話題沸騰中です。映画のテーマであるこの歴史的な襲撃事件で殺された井伊直弼、彼が今回の主人公です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;映画で井伊直弼役は名脇役の伊武雅刀さん。今年のNHK大河ドラマ『龍馬伝』では松井範雄さん、08年の『篤姫』では中村梅雀さんが演じています。彼らをGoogleで画像検索してみてください。全員、悪代官役が似合いそうな、なんとも味のある雰囲気。&amp;ldquo;裏で何考えているか分からない悪者&amp;rdquo;、井伊直弼ってそんなイメージなんです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;1853（嘉永6）年のペリー来航以降、開国か鎖国かで揺れる幕府の中で、最高権力である大老に就任した直弼。開国派だった彼は朝廷から勅許を得て、アメリカと通商条約を結ぼうとするが、朝廷がそれに大反対。やむなく、勅許なしで日米修好通商条約が調印されました。さらに直弼は将軍継嗣問題でも強引さを発揮し、自分の推す徳川家茂を14代将軍に就任させます。当然反対派は直弼の対応に憤慨です。しかし直弼はその勢力さえも強引さで解決しようとします。それがかの有名な弾圧事件、「安政の大獄」です。吉田松陰、橋本左内などが死刑となり、蟄居なども含めて被害を受けた人物は100人以上にのぼると言われています。こんなにやりたい放題やってちゃあ、世間が黙っているわけありません。1860（安政7）年、江戸城の桜田門付近で直弼は水戸藩士らに襲撃され絶命。享年46歳。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;自分勝手に物事を進めて、結局そのせいで殺された人物－－。井伊直弼って、超有名人ではあるけど、決して歴史の中で人気者とは言えませんよね。そんな直弼だから、きっと恋愛においてもオレ様で女の意見なんてどうでもいい！&amp;#12288;って感じじゃないの～、と思ったら大間違い。彼の活躍に、女の影アリなんです！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;妖艶な年上美女と冷や飯食らいの恋&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;井伊直弼の愛人は6歳年上の美女。名前を村山たかと言いました。彼女は滋賀県の多賀神社の僧侶と芸妓の間に生まれ、18歳のときに彦根藩藩主で直弼の兄の井伊直亮（いいなおあき）の侍女として仕えるようになりました。たかは20歳まで直亮に仕えました。直弼と出会ったのもこの頃と言われています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;この当時の直弼は自ら「埋木舎（うもれぎのや）」と名付けた家で、わずか300石の捨て扶持で細々と暮らす冷や飯食らい。譜代大名の中で最も多く大老を輩出した彦根藩の名門・井伊家に生まれた彼ですが、15人兄弟の14男。兄弟たちは跡継ぎ以外、養子に出されるはずが、数が多すぎて残ってしまったのが直弼でした。仕方なく彦根城内で肩身の狭い思いをしながら暮らします。不遇の青年時代を送った直弼は、まさか自分が大老に就任するなんて夢にも思ってなかったでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;たかは相当な美貌の持ち主だったようで、直亮のお手つきだったという説もあるほど。そんな年上美女のたかに、直弼は憧れたのでしょう。しかし兄の侍女だったので、このときは憧れ程度で終わりました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;たかは20歳で彦根城を去ると京都に出て、美貌を武器に芸妓として活躍します。京都で人気を得たあとは、金閣寺の住職の妻となり一男もうけています。でも、きっとおとなしく家庭におさまるタイプではなかったのでしょう。2年で離縁され、彦根に戻ってくると、埋木舎で暮らす直弼に仕えました。かつて憧れた女性へ直弼の想いは爆発！&amp;#12288;たかも一途な想いに応え、いつしか肉体関係を結ぶようになるのです。冷や飯食らいとバツ一女の恋、ほんの火遊びと周囲も大目に見ていました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;しかし、直弼に転機が訪れるのです。兄・直亮の跡継ぎが急死。他の兄弟はすでに亡くなっていたり、養子に行ってしまったりで、直弼にお鉢が回ってくるのです。たちまち名門・井伊家を背負い立つ身になり、気を引き締めなければいけないと、たかとの関係を絶つことを決意しました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;再会した恋人の願いはスパイ活動!?&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;兄の養子となり、彦根藩主となった直弼の評判は高く、藩政改革を行い名君と謳われています。このまま人生が終われば、名藩主として名を残すこととなったかもしれません。でも、時代の歯車は回り続けます。開国問題、将軍継嗣問題で大混乱の幕府の中で、当時政情を仕切っていた老中首座の阿部正宏が死去すると、1858（安政5）年、あれよあれよという間に直弼は大老に就任します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;まさか自分が幕府の最高権力者になるなんて、思ってもみなかった直弼。スピード出世のため、彼には信頼できる家臣や腹心はごくわずか。そこで別れたたかを自分のもとに呼びよせます。久しぶりの再会に心弾ませるたかへの直弼からの依頼はスパイになること。人脈の乏しい自分に代わって朝廷の情報収集をするには、かつて京都で芸妓をしていたたかが最適と考えたのでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;たかからしてみれば自分を捨てて、久々に再会してみれば危険をともなう密偵としての仕事依頼なんて、憤慨するのは当然です。しかし、なんとたかはこの依頼を承諾します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;彦根時代から直弼の活躍の影には、国学者で彼の参謀として知られる長野主膳（ながのしゅぜん）の頭脳が大きく力を発揮しました。その主膳を直弼に紹介したのもたかだったという説があり、さらに主膳とたかとの間にも肉体関係があったといいます。そんなたかですから、純情な娘タイプじゃなく、かなり妖艶なイメージ。一途に誰かを想う女性にとても見えませんが、直弼へのこの態度は、彼への深い愛情が感じられます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;そうしてたかは、尊王攘夷派や反直弼派の情報を集めます。直弼は強引に日米修好通商条約を締結すると、たかの集めた情報をもとに大名や公家に謹慎を命じ、勤皇の志士たち100名に処刑を命じます。そう、これがあの安政の大獄です。この大弾圧の背後には、女スパイたかの存在があったのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;辱めを受けても変わらない想い&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;安政の大獄への反発から、直弼は桜田門外の変で暗殺。身の危険を感じたたかは、悲しむ間もなく京都に隠れ住みます。しかし、直弼の死から2年後の1862（文久2）年、志士たちに居所を発見され逮捕されます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;たかは京都の三条河原の橋柱に、裸足で着物一枚のまま縄で縛り付けられ、三日三晩見せ物にされました。小石を投げつける人、罵声を浴びせる人もいたことでしょう。さらに前夫との子も、たかとともにスパイ活動をしていたため、たかの目の前で処刑されました。女として、母として屈辱的な扱いを受けながらも、直弼への愛情は変わらず、凛とした態度を貫いたといいます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;やがてたかは通りがかった尼に助けられ、出家し直弼を想って静かな余生を過ごしました。京都の金福寺（こんぷくじ）には、たかの建てたと言われる弁天堂が残っています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;人前にさらされて、普通の女性なら舌をかみ切って死んでしまいたい！&amp;#12288;と思ってしまいそうですが、たかは、非常にプライドが高く、そして強い女性だったのでしょう。そんな彼女が年下好みっていうのもなんだか納得。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;不人気で、安政の大獄以降「井伊の赤鬼」と呼ばれた井伊直弼ですが、きっとたかの前では甘えん坊の年下彼氏の典型みたいな態度だったんじゃないかと。一度捨てておいて、再び呼びよせたら自分のために暗躍しろ！&amp;#12288;なんて甘えている証拠！&amp;#12288;相当心が広くなければぶち切れちゃいますよ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;たかには畏敬の念を感じずにはいられませんが、直弼もこうやって見ると&amp;ldquo;腹に一物抱えた悪代官&amp;rdquo;じゃなく、案外かわいいところもあったのかな、という感じがします。なんだか嫌われ者なのがかわいそう！&amp;#12288;&amp;hellip;&amp;hellip;とはいえ、私はたかほどの器はないので、お付き合いするのは御免ですが。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3267/headline_bookguide1.gif&quot; alt=&quot;headline_bookguide1.gif&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;『花の生涯&amp;#12288;上・下』&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51My+kZXm7L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;花の生涯〈上〉 (祥伝社文庫)&quot; /&gt;
&lt;p&gt;舟橋聖一／祥伝社&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;記念すべきNHK大河ドラマの第一作の原作。不幸な境遇で苦労する直弼と、きらめくほどの美貌をもつたかとの激しい愛を描く。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;『井伊直弼 (幕末維新の個性)』&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51CZHB23B3L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;井伊直弼 (幕末維新の個性)&quot; /&gt;
&lt;p&gt;母利美和／吉川弘文館&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;独裁的な政治を酷評されることが多い直弼の人生を、埋木舎時代から桜田門外の変まで、新たな視点で解説。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Thu, 12 Aug 2010 17:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:subject>http://www.honza.jp/author/9/reki_renai?entry_id=2017</dc:subject>
      <dc:date>2010-08-12T17:00:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>第11回　伊達者“であろうとした”伊達政宗。you see？</title>
      <link>http://www.honza.jp/author/9/reki_sansatsu?entry_id=2016</link>
      <description>&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51C4VPWD6DL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;小説 直江兼続 北の王国 全一冊 (集英社文庫)&quot; /&gt; &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/510PQ6QBTEL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;最上義光(もがみよしあき) 伊達・上杉と死闘を演じた出羽の勇将 (PHP文庫)&quot; /&gt; &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/61QygwwjlcL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;伊達の鬼軍師片倉小十郎 1 (BUNCH COMICS)&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;「独眼竜は伊達じゃねえぜ、you see？」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;なぜだかいきなり英語混じりに挑発的なセリフを語り出す、眼帯のその男は、伊達政宗。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;政宗といえば、いまや世界のスターである渡辺謙さんの名演技を思い起こすのが日本人の常識のはずで、もちろん根強い人気を誇っているのですが、現在大ブレイク中の政宗は「you see？」です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;なに言ってるんだ、だまされないぞ！ と怒らないでいただきたい、本当です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;先月末にシリーズ３作目が発売したばかりのアクションゲーム「戦国BASARA」に登場する政宗は、ヨコモジ言葉を駆使して不敵に笑う伊達男です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;「戦国BASARA」といえば、昨今における歴史ブームの火付け役の一翼を担う存在。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;とはいえ実際のところ、歴史はほぼ無視していると言って過言ではありませんのでご注意を。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;なにしろ徳川家康が豊臣秀吉を滅ぼしてしまうし、長曾我部元親は海賊で本多忠勝は巨大ロボと、歴史愛好家のおじさんが聞いたら卒倒しかねない滅茶苦茶加減&amp;hellip;&amp;hellip;いえいえ、斬新な設定尽くしなのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;しかし、この際立った個性に多くの若者（特に、いわゆる歴女と呼ばれる女子）が引きつけられ、歴史への興味を持つきっかけになったことは間違いありません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;この破天荒なゲームの中でも特に、斜に構えたチョイ悪武将ぶりを発揮する政宗の人気は絶大で、発売以降、お膝元である仙台を訪れる若い女性が急増し、今年の仙台七夕祭りは「戦国BASARA」とコラボレーション。片腕と言われた片倉小十郎の人気まで急上昇して、白石を訪れる女性も増加の一途だとか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;最新作の「戦国BASARA」は関ヶ原がメインなのに、やたらと政宗が出張っているあたりからしても、彼の人気の程がうかがえます。秀吉は主力キャラからはずされたのに&amp;hellip;&amp;hellip;大人の事情が垣間見えます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;その政宗、誕生日は旧暦の８月３日。毎年旧暦の誕生日にちなんで、９月第２日曜日とその前日に、宮城県大崎市岩出山で「政宗公まつり」が開催されます。メインイベントである政宗上洛時を再現した伊達武者行列には、多くの政宗ファンが馳せ参じるそう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;よくよく考えてみれば、石田三成や真田幸村など、有名でも誕生日が不明の戦国武将は少なくありません。大名レベルでも、北条一族や長宗我部一族などはやはり不明。そんな中で、誕生日から血液型まで判明している伊達政宗はなかなか稀有な存在です。ちなみに血液型はＢ型だとか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;奥州を統一した英雄なのだから、それくらい判明して当然だろうと思われる向きもありましょうが、いえいえ、奥州ですよ？ こんな言い方をしては失礼ですが、戦国の世にあって奥州と言えば田舎どころか秘境もいいところ。信長の天下統一の魔手もついに届きませんでしたし、政宗だって奥州を統一したところで中央に打って出ることはかなわなかったのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;そんな田舎のお殿様の記録がしっかり残っているのは、当時から時代を越え、現代までずっと、政宗が愛されてきたからに他ならないでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;かくも伊達政宗が人の心をつかむ要因といえば、やはりまず周囲の意表を突く「伊達者」ぶり。小田原の役に遅参した際には死装束で詫びに現れて秀吉の度肝を抜き、徳川秀忠の治世に謀反の嫌疑をかけられたときは芸者や楽士を集めて遊興にふけり、そんな意志はないと言外に示しました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;しかし、政宗の真の魅力は、それだけでは語り尽くせないところにあります。見る人の目によって、その印象はまったく変わるのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;政宗を警戒した人物の筆頭といえば、上杉家家老・直江兼続。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;その心理は『北の王国』で巧みに描かれています。兼続は政宗の肝の太さと頭の回転の早さに舌を巻きながらも、その奥に計り知れない冷徹さがあると感じ、味方であったならとさえ思うのです。さらに、同作品での秀吉は政宗の才覚に異常なほどの警戒心を抱いて奥州との国境の警備に腐心します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;また、『最上義光』に登場する出羽の大名・最上義光は立場上、伊達家と対立関係にあるのですが、息子である政宗を愛せない義姫を妹に持つという複雑な血縁関係の中、政宗の悲哀と、それすらも乗り越える英雄としての器の大きさを感じ取ります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;一方、味方側の人物では、側近中の側近である小十郎が代表格でしょう。『伊達の鬼軍師片倉小十郎』での政宗は覇気に溢れ、よきリーダー足ろうとしながらも、自分の右目となると誓ってくれた小十郎にはときに苦悩を吐露する繊細な表情を見せます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;狡猾かと思えば精悍であったり繊細さを見せたりと、実に多彩な顔を持つ政宗。通り一遍の、人を食ったような伊達男だけでは片付けられない複雑な人物像が、政宗と並び立つ戦国の英雄たちの視点から浮かび上がってきます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;政宗がこれだけの表情を周囲に見せるのはなぜなのか？&amp;#12288;それは、他人に見せようと周到に用意した派手さと、その裏に隠した冷静さの二面性を持っていたからではないでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;政宗所用と伝わり、現在は仙台市博物館に所蔵されている色とりどりの水玉（本当は星らしい）が舞う陣羽織を見るからにも、政宗は確かに個性的なお洒落を楽しむ人物だったようですが、それ以上に、派手さや突飛な言動がもたらす「効果」をだれよりも知っていた人物かもしれません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;戦国乱世に若くして奥州の地を守る重責を担った政宗は、何度も苦しい選択を迫られました。これを確実にかわすには、与えられた選択肢を上回るしかなかったのです。だれにも思いつかない回答で相手を感服させるしかない！&amp;#12288;と決意を決めて。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;これはある意味、お笑い芸人渾身のボケに近いです。死装束で謝りに行くなんて、ボケ以外のなにものでありましょうや。もっとも、本人は生きるか死ぬかの瀬戸際ですから、政宗の伊達者ぶりは一種のサバイバルの手段です。にやりと笑いながら心中は冷や汗をかいている場面だって少なくなかったわけ。スベったら首が飛びますからね。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;奥州の英雄たる伊達政宗は根っからの伊達者であったわけでも、それをただ楽しんでいたわけでもなく、生き残るために伊達者たらんとし、気がついたらそれを極めて英雄になっちゃった、むしろ用心深く勤勉な人物だったのです。だから、兼続が見た底知れない恐ろしさも、義光が見た勇将ぶりも、小十郎が見た儚さも、すべてが政宗の本当の顔で、政宗の必死な生き様の現れ。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;とてもじゃないけど、かっこよく「you see？」なんて言っている余裕はなかったんじゃないでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;伊達者&amp;ldquo;であろうとした&amp;rdquo;政宗という人間を、政宗に心つかまれた側の視点から読み解く３作をご紹介します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3268/kozo_11_1.gif&quot; alt=&quot;kozo_11_1.gif&quot; /&gt;
&lt;p&gt;2009年大河ドラマで一挙に有名になった、上杉家家老・直江兼続が主人公。この作品の兼続は相当の自信家なのだが、政宗はその兼続でさえ「さすがのおれも政宗殿の人気にはかなわない」と思うほどの好青年。しかし、政宗と兼続が二人で会話を交わすシーンで政宗が奥羽と越後による共闘の夢を語ると、同調しかけた兼続はすぐに「この男は、場合によっては背後から人を斬る」と警戒を強める。一筋縄にはいかない男、それが政宗なのだ。&lt;/p&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3268/kozo_11_2.gif&quot; alt=&quot;kozo_11_2.gif&quot; /&gt;
&lt;p&gt;山形城主・最上義光が、最上家を奥州屈指の大名に育て上げるまでの一代記。義光は政宗の母・義姫の兄で、政宗の伯父に当たる。義姫が次男の小次郎を溺愛し、政宗をないがしろにすることを気にかけ、政宗暗殺を企てた妹を叱責するシーンも。政宗と義光は敵対していたと思われがちだが、この作品の義光は政宗に確執を抱くことはなく、むしろ母の愛を受けられなかった哀しみの克服と戦場での華やかな活躍の両方を見守っている。&lt;/p&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3268/kozo_11_3.gif&quot; alt=&quot;kozo_11_3.gif&quot; /&gt;
&lt;p&gt;片倉小十郎景綱と政宗の主従の絆を描くコミック。主人公の小十郎は銀髪の美形と、メインキャラクターの絵柄は昨今のイケメン武将風。脇を固める父・輝宗たちはなかなかに男くさい。現在刊行されている第３巻の政宗は15歳ということもありまだまだ血気盛んだが、小十郎の進言をよく聞き農民に優しく、その一方で、母に愛されないのは自分の不徳であると涙する繊細さも持っている。味方の視点から見た、仕えがいのある政宗像。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Tue, 10 Aug 2010 17:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:subject>http://www.honza.jp/author/9/reki_sansatsu?entry_id=2016</dc:subject>
      <dc:date>2010-08-10T17:00:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>第4回　日野富子</title>
      <link>http://www.honza.jp/author/9/reki_KY?entry_id=1812</link>
      <description>&lt;p&gt;第4回&amp;#12288;日野富子 &lt;br /&gt;
応仁の乱の引き金を引いてしまった室町猛女のKYな性&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;室町幕府将軍室の日野富子は、応仁の乱を引き起こした歴史的な悪女と名高い、怖～い女性。女だてらにやりたい放題！&amp;#12288;裏金を儲けるは世論は自分の思い通りに操作するわ、その悪名に恥じないKYっぷりでした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3827/ky_04.gif&quot; alt=&quot;ky_04.gif&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
盲目的に突進するタイプのKY
&lt;p&gt;&amp;#12288;日野富子といえば、室町幕府の引きこもり将軍足利義政の奥方です。&amp;ldquo;悪女&amp;rdquo;とか&amp;ldquo;守銭奴&amp;rdquo;とか&amp;ldquo;闘う女&amp;rdquo;なんて呼ばれてますね。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;そしてKYな彼女のせいで、天下を二分する応仁の乱（応仁・文明の乱）が起こったとされています。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;だいたいKYな人って、過保護な環境から自己中心的で無神経なキャラになってしまうものですが、富子さんの場合はちょっとちがうのかもしれません。女の&amp;ldquo;業&amp;rdquo;というか、何かに取り憑かれたようにやみくもに突き進んでいって、周囲が見えなくなってしまう。で、やってしまったという、猪突猛進型のＫＹじゃないでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
閨房の刺客！&amp;#12288;美少女・富子
&lt;p&gt;&amp;#12288;日野家は藤原北家を始祖とする名門です。室町時代は将軍（3代足利義満以降）の正室に女子を送り込み、親戚関係を結ぶことで権勢を得ていました。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;富子は16才の時に8代将軍足利義政（20才）に嫁ぎます。義政の父は嘉吉の乱で暗殺された6代将軍足利義教（よしのり）、そして母は日野重子。富子にとって姑は祖父の妹なので、大叔母というわけ。重子はなかなかのやり手で、ある目的で富子を抜擢したようです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;義政には今参局（いままいりのつぼね）という強力な女がいたんですね。将軍より10才くらい年長だから、母であり姉であり恋人でもあるというフェロモン美女。この女が幕府内で幅を利かせていた。これに対抗するために、日野家から正室として送り込まれたのが富子だったんです。いわば閨房の刺客。富子は聡明でなかなかの美少女。重子は富子に期待をかけます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;富子はその期待に応えました。義政が美少女富子に食いついたんです。すぐにご懐妊。念願の男子が生まれました（女の子という説も）。大喜びの重子と富子でしたが、この子がすぐに死んでしまう。落胆する日野家の面々。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;しかし転んでもタダじゃ起きない彼ら。「今参局が若君を呪い殺した」という噂を流して、ライバルを追い詰めました。結局、今参局は追放され、自ら命を絶ちます。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;この勝負、勝者は20才になったばかりの富子でした。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
母の業火が、京の町を焼きつくす
&lt;p&gt;&amp;#12288;この時期、全国的に大飢饉が起こって餓死者が京だけで8万人以上も出るという異常事態にありました。ところが将軍・義政は何ら対策を打つこともなく日々酒色に耽り、趣味の庭作りにいそしんでいた。おまけに政治が面倒になったのか、出家していた弟に将軍職を譲って隠居するといい出したのです。この弟が足利義視（よしみ）です。後見人に幕府の実力者・細川勝元を立てました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;しかし翌年に富子が男子を産んでしまった。新たな後継者ですね。富子は誓います。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp; 「この子を必ずや将軍にしてみせる！」&lt;br /&gt;
&amp;#12288;これでスイッチが入っちゃったんですよ。彼女は愛息・義尚（よしひさ）の後見人に、もう一人の実力者で勝元の最大のライバル山名宗全を指名します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;将軍後継をめぐるこの両者の対立が、義視・細川勝元ラインvs富子・義尚・山名宗全ラインに分かれての市街戦＝応仁の乱となる。母のわが子に対する強い想いが大乱の引き金を引いてしまったんです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&amp;nbsp; 飢饉に加え、一揆が頻発する滅茶苦茶な世相を無視して、富子は戦争に加担します。義視を追い落とすために情報戦を仕掛け、また諸大名に金をばらまきました。もともと日野家は金持だったんですが、富子はさらに高利貸しや米相場で莫大な資産を築いていたんです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;富子による様々な工作活動によって、義視と細川勝元の間に不和が生じ、義視が寝返るという珍事が起こります。そこで今度は富子は東軍の勝元と手を握るなど、敵味方が入り乱れた全面戦争となりました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
KYな性（さが）が生んだ破滅への暴走
&lt;p&gt;&amp;#12288;戦争の結果、登美子の暗躍もあって晴れて義尚は9才で9代将軍に就任します。富子は母として幸福の絶頂にあったはず。義視は京を追われ、義政は引きこもり状態ですから富子が裏の将軍と言ってもいいでしょう。政治家として実質トップの座を手にしたというわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&amp;nbsp; だけどいいことは続かない。愛する義尚が反抗期を迎えます。富子は何かと口うるさい性格だったんでしょうね。&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;16才の義尚は富子の姪と結婚させられます。この結婚が気に入らなかったのか、あるいは父親似の好色のせいか、義尚は次々と女性と関係し、父・義政の愛人にまで手をつけてしまう。それで義政・富子と三つ巴の喧嘩をおっ始め、「将軍をやめてやる！」と髻（もとどり）を切る恥ずべき事件を起こしてます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&amp;nbsp; 義尚は19才で家出して母のもとを去る。そして近江の紛争を鎮圧するために出陣しました。母の後ろ盾がなくても立派な将軍であることを示したかったのでしょう。しかし彼は陣中で酒色に溺れ、病に倒れました。駆けつけた富子の看病もむなしく、25才の若さで亡くなるのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;富子は慟哭したといいます。普通ならここで燃えつきてしまうところでしょうね。だが富子という女性はちがうんです。何を思ったか、追放した義視の子・義材（よしき）を担ぎ出すんですね。義材は富子の妹の子。彼に義尚の面影を見たのでしょうか。一方の義視・義材親子は迫害を受けた恨みを忘れてはいません。義材が将軍になると、逆に富子を攻撃するようになります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&amp;nbsp; そこで富子は細川政元（勝元の後継者）と謀って、自分で担ぎ出しておきながら義材を退け、堀越公方政知の子義澄（よしずみ）を擁立します。このクーデター劇は明応の変と呼ばれ、戦国の世の幕開けを象徴する事件として記憶されます。&lt;br /&gt;
&amp;#12288;日野富子はそのKYな爆走で応仁の乱だけでなく、戦国時代の扉まで開けてしまった女性だったんです。彼女は政変から3年後、57才で亡くなります。その巨額の遺産が何に使われたのかはよくわかっていません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;br /&gt;
&amp;nbsp; 天国の足利義政と日野富子、夫婦の会話。&lt;br /&gt;
義政「お前の政治家としての力量、剛腕ぶりは誰もかなうまいな」&lt;br /&gt;
富子「あなたが無能な将軍だから、仕方なかったのよ。私なりに一生懸命やっただけ」&lt;br /&gt;
義政「だけどお前はいったい何がしたかったんだ？&amp;#12288;最初は息子LOVEで暗躍して、息子が反抗すれば次、そいつもダメなら次、ってやりたい放題じゃないか。結局何が残った？」&lt;br /&gt;
富子「じゃあ、あなたはどうなの。何を残したっていうの？」&lt;br /&gt;
義政「私は政治の代わりに、文化を残した。銀閣寺は世界遺産だよ。お前が残したのは屍の山だけだろう&amp;hellip;」&lt;br /&gt;
富子「&amp;hellip;&amp;hellip;&amp;hellip;」&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3827/ky_nakabanner.gif&quot; alt=&quot;ky_nakabanner.gif&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt; &lt;/p&gt;



    
        
            &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51Gs7nsO2LL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;日野富子のすべて (人物シリーズ)&quot; /&gt;
            
            日野富子のすべて (人物シリーズ)
            &amp;nbsp;
            
                新人物往来社
            
            
        
    



&lt;p&gt;妻として、政治家として、経済人として、文化人として。日野富子の多角的な研究本。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt; &lt;/p&gt;



    
        
            &lt;img src=&quot;http://www.honza.jp/images/no_image.jpg&quot; alt=&quot;日野富子 光と影―室町幕府 陰の実力者 (広済堂ブックス)&quot; /&gt;
            
            日野富子 光と影―室町幕府 陰の実力者 (広済堂ブックス)
            中江 克己
            
                廣済堂出版
            
            
        
    



&lt;p&gt;日野富子が俗にいう&amp;ldquo;悪女&amp;rdquo;ではなく、室町幕府の陰の実力者であったと解説。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt; &lt;/p&gt;



    
        
            &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/41269KM7WJL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;女人政治の中世―北条政子と日野富子 (講談社現代新書)&quot; /&gt;
            
            女人政治の中世―北条政子と日野富子 (講談社現代新書)
            田端 泰子
            
                講談社
            
            
        
    



&lt;p&gt;日野富子を鎌倉から室町という時代の連続性の中でとらえる。北条政子との比較で、富子の実像が浮かび上がる。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Fri, 23 Jul 2010 17:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:subject>http://www.honza.jp/author/9/reki_KY?entry_id=1812</dc:subject>
      <dc:date>2010-07-23T17:00:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>お手本【五】　小林一茶翁</title>
      <link>http://www.honza.jp/author/9/reki_mail?entry_id=1813</link>
      <description>&lt;p&gt;金持ちの不幸は&amp;ldquo;おらが春&amp;rdquo;？&lt;br /&gt;
異例の内部告発で不況を生き抜け！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;江戸時代の俳人で、松尾芭蕉、与謝蕪村に次ぐ存在といえば、小林一茶の名を挙げる人も多いだろう。「やせ蛙 負けるな 一茶ここにあり」「めでたさも 中くらいなり おらが春」など、市井の営みを飾らず平易に切り取った名句を数多く残し、現代人にも広く親しまれている。だがこの俗世の俳聖、あまりにも自分を赤裸々に表現しすぎて、我執丸出しともいえる手紙を書き残しているのだ！ 今回紹介する文章は、役金（当時の税金の一種）の取り立てを免れるための一茶の嘆願書。なんと一茶、税金逃れのために、親戚の脱税疑惑を持ち出すというとんでもない荒技に出たのだ！ 役人も唖然とする内容を、まずはその目で確かめてほしい&amp;hellip;&amp;hellip;（￣ー￣；）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;［原文］&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;申上候事。&lt;br /&gt;
①正月二日の集会の節、万屋弥市どのハ、役金などいくら出すものやら一向にしらざるよしニ候。②弥市などは祭り桟敷になぐさミの銭散ジながら、③上納同様の役銭出さず、おのれ中風此かた歩行心のままならず、出入りの度ニ駕賃ニ追ひまくられて困窮の上ニ、④生れるの死ぬの、又生れるの死ぬのと、大にこまり候。⑤今迄長々よい子の貌して休ミたる弥市より、役金は御取り立下され候はば、生々世々有難く奉存候。御憐ミ給へ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;（※文政4年12月29日付けの書簡より抜粋）&lt;/p&gt;

&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;「万屋弥市」とは一茶の本家の親戚に当たる人物。20年近くも根無し草生活を続けたのち、義母や義弟との財産争いを経て、ようやく一戸を構えた老いらくの一茶にとって、自分より金回りのいい本家の人間が気に食わなかったのだろう。その迸るパトスに対して逐一ツッコんでみると&amp;hellip;&amp;hellip;&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
①年始恒例、身内だけのフランクな集まりにおける些細な一コマを、ドヤ顔でお役所に言いつけてしまう素朴な感性。&lt;br /&gt;
②一応敬称つきだったものが、早くも呼び捨てでプライベートを暴露。&lt;br /&gt;
③「上納同様」に大切なものと認めておきながら、当の本人は免除しろと訴える。ここにブレない強さがある。&lt;br /&gt;
④どの子も早世してしまったとはいえ、50代にして3男1女に恵まれた一茶。駕篭が必要なほど中風（手足のマヒ）に悩まされていると訴える一方で、実は24歳も年下の若妻と交わした夜毎の激しい性生活を日記上で詳細にしたためている点も見逃せない。&lt;br /&gt;
⑤税金免除の嘆願自体はともかく、それを他人の脱税摘発でチャラにしろという考え方が斬新。&lt;br /&gt;
&lt;br /&gt;
&amp;#12288;当時58歳。現代でいえば米寿ほどの年齢に当たる一茶ゆえに、体面を気にすることなく心の向くままに己の不満をぶつけることが可能だったのかもしれない。しかし不況で重税にあえぐ辛さ、富裕層の脱税への怒りは現代人にとっても他人事ではない。消費税の大増税、法人税の減税問題等に国政全体が揺れるこのご時世だからこそ、一茶の遺した裏技を試しに流用してみたい( ﾟﾟДﾟﾟ)_&amp;sigma;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;［超意訳］&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3511/mail_5.gif&quot; alt=&quot;mail_5.gif&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;今の日本における必殺仕事人といえば、事業仕分け人こと行政刷新会議。ここではそのアイコンでもあり、ツイッターやマジコン（？）等を通じて最新事情にも明るいと思われる蓮蓬氏に宛てて意見書を出してみた。自分の身内を斬ってまでの告発とあらば、天下のモーレツ大臣殿も耳を傾けてくれるに違いない。ワーキングプアに成り下がるしかない現代の若年層の叫びを代表しつつ、その魂の拠り所とも呼べる2次元空間の危機についても同時に訴えれば、ゆくゆくは次世代のヒーローになりうるかも？━(ﾟﾟ&amp;forall;ﾟﾟ)━!?（※『青少年育成条例改正』の是非については各自お調べください）&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Fri, 16 Jul 2010 18:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:subject>http://www.honza.jp/author/9/reki_mail?entry_id=1813</dc:subject>
      <dc:date>2010-07-16T18:00:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>第10幕 上杉謙信×伊勢姫</title>
      <link>http://www.honza.jp/author/9/reki_renai?entry_id=1811</link>
      <description>&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;生涯不犯の武将にスクープ！&amp;#12288;知られざる純愛物語&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;今回取り上げる人物は&amp;ldquo;越後の龍&amp;rdquo;と言われた人気武将、上杉謙信です！&amp;#12288;ええー!!&amp;#12288;謙信って、生涯独身で恋もしなかったっていう伝説が残ってるじゃん。とお思いのアナタ、実は謙信もちゃっかり恋愛してるんです。それも&amp;ldquo;THE謙信&amp;rdquo;という恋愛の仕方でした！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;無敵の軍神に恋人発覚？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;生涯無敗！&amp;#12288;下克上があたりまえだった戦国時代に、私利私欲にまみれることなく「義」を貫いた名将といえば上杉謙信。09年の大河ドラマ『天地人』で阿部ちゃんの好演もあってか、歴女にも、また古参の歴史ファンにも非常に人気の高い武将です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;ライバル武田信玄との対決や、その宿敵に塩を恵んでやるなど、人気武将なだけに伝説も多い。その一つが「生涯不犯の武将」というもの。不犯（ふぼん）とは、仏教用語で淫戒を犯さないこと。つまりセックスしないこと。そう、謙信には正室もいなければ側室もいませんでした。当然嫡子もおらず、謙信の子供はすべて養子です。だからこそ『天地人』でも描かれたように、直江兼続が盛り立てる上杉景勝と上杉景虎が壮絶な家督争いを繰り広げたのです（謙信がちゃんと跡継ぎを決めないまま死んだせいでもあるんですが&amp;hellip;&amp;hellip;）。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;生涯不犯で無敗、戦の神と呼ばれても、自身にはまったく領土欲はなく、その戦いは常に幕府への「義」を貫いたものばかり。己の天下のために計算高く行動した他の戦国武将に比べると、まるで聖人のような上杉謙信。そんな聖人にも忘れられない恋がありました。なんと、謙信は不犯ではなかったのです！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;その恋愛劇を語る前に、なぜ謙信は結婚しなかったんでしょう？&amp;#12288;理由としてさまざまな説があります。たとえば、怪我がもとで不能になってしまったという説、または女性なんかアウトオブ眼中の男色説、はたまた実は女性だったという奇説まで！&amp;#12288;これは、謙信が毎月ある時期になると腹痛で戦をやめてしまったので、生理痛？&amp;#12288;とか、当時のスペインの記録に謙信が上杉景勝の叔母だった（実際には景勝は謙信の甥っ子）と記されているとか、謙信がかぶっていた頭巾は女物だったとか、色々理由があっての説なのですが。&amp;hellip;&amp;hellip;うーん、どれも推測の域をでません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;正義のために戦い続けた謙信が女性を拒み続けた理由。それは、戦勝祈願だったという説が有力のようです。謙信は幼少期に仏門に身を置いていたので、とても信心深かったんですね。謙信は家督を継ぐ際に兄と争っていますが、「自分のために廃された兄のため、家臣や越後の民のため、そして幕府のため、上杉家当主にふさわしい働きをしなくては！」と仏に生涯妻を娶らないことを誓ったのでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;せつなすぎる謙信の恋愛エピソード&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;さて、生涯妻を娶らないことを誓った謙信ですが、生涯不犯は貫けなかったようです。それを裏付ける謙信が残した詠を紹介しましょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;つらかりし&amp;#12288;人こそあらめ&amp;#12288;祈るとて&amp;#12288;神にもつくす&amp;#12288;わかこころかな&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;歌の意味は「自分のせいでつらい思いをしている人がいるようだけど、自分は神に仕える身だから、その想いに応えることはできない」。これは明らかに恋の歌です。この切ない歌を見る限り、謙信も相手の女性に少なからずの好意があったのでしょう。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;聖人・謙信の相手は一体だれ!?&amp;#12288;その候補は実は3人います。1人は上杉家の重臣の直江実綱（なおえさねつな）の娘。この娘が謙信の身の回りの世話をしていた際に、男女の関係になったとされています。もう1人は関白・近衛前嗣（このえさきつぐ）の娘の絶姫（たえひめ）。近衛前嗣が仕組んだ縁組みだったが、絶姫が早世したためおじゃんになったようです。しかし、この2人は実在したかどうかもわからない人物。彼女たちが謙信の恋人と断言はできません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;最後の人物は謙信の関東での活躍ぶりを記録した『松隣夜話（しょうりんやわ）』に記されている女性です。『松隣夜話』は後世に書かれた軍記物語。後世に作られたということは、かなり創作の部分も多いので、ここに記された姫も架空の人物である可能性が高いのですが&amp;hellip;&amp;hellip;。とにかくご紹介しましょう！&amp;#12288;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;その女性とは、上野国平井城主の千葉采女（ちばうめね）の娘「伊勢姫」といいます。『松隣夜話』によると、謙信が関東に出兵した際、敵方についていた千葉采女が伊勢姫を人質に差し出しました。すると伊勢姫の美しさに謙信は一目惚れ。彼女を正室か側室に迎えようと考えます。どうやら伊勢姫もまんざらでもないようで、家中ではほぼ公認のラブラブカップルとして認められました。日々戦いに明け暮れる謙信にとって、つかの間の幸せだったのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;しかし、結婚秒読みまで発展したカップルに悲劇が！&amp;#12288;上杉家の重臣、柿崎景家（かきざきかげいえ）が、結婚に猛反対したのです。「敵方の娘など妻にしては、国を危うくします！」という意見に同じく重臣の直江実綱たちも賛同します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;柿崎景家は謙信が宿敵の北条氏康と同盟を結ぶおり、子供のいない謙信の代わりに自分の子供を人質として差し出すほどの忠臣。そんな彼に反対されては、マジメで純粋な謙信ですから、意見を聞かないわけにはいきません。しだいに伊勢姫を遠ざけるようになったそうです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;愛する人に冷たくされるほど悲しいことはありません。伊勢姫は謙信の居城である春日山城にいるのが耐えきれなくなり、城を出て出家してしまいます。そして謙信との楽しい日々を思い返しては、涙する日々を過ごすのでした。もちろん謙信も伊勢姫を想わない日はありません。謙信の幼名から一字拝領した家臣・甘粕景持（あまかすかげもち）はそんな2人を哀れに思い、柿崎たちを必死に説得。その甲斐あって、ついに景持が伊勢姫を迎えにいこうとしましたが、時すでに遅し。なんと、すでに伊勢姫は謙信との別れを嘆き悲しむあまり、19歳の若さで死んでしまったのです。『松隣夜話』には、謙信と別れた伊勢姫が詠んだ歌が残っています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もろともに&amp;#12288;見しをなごりの&amp;#12288;春ぞとは&amp;#12288;けふ白川の&amp;#12288;花の下かけ&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;謙信と2人で桜を眺めた美しい想い出に浸りながら、でもその日々はもう戻らないと嘆いた歌です。せ、せつなすぎる！&amp;#12288;愛する人の死を知った謙信は、どんなに悲しんだことでしょう。そうとうショックを受けたようで、「食べ物がのどを通らないほど悲しんだ」とあります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;もし謙信と付き合うとしたら？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;伊勢姫とのエピソードは史実といえるほど確信性を持ったものではありません。彼女を謙信の恋人と断言するのは難しいでしょう。しかし火のないところに煙は立ちません。恋人候補として3人もの女性との伝説が残っているんです。それに、なんてったって謙信の恋の歌まで残っているんですから！&amp;#12288;伊勢姫とのエピソードは、この恋の歌をもとにして創作された架空の恋人だったとしても、男女の仲に発展した恋人がいたのでしょう。どうやら謙信は生涯独身は貫いたけれども、生涯不犯までは守れなかったようです。もし謙信が結婚して子供が生まれていたら、景勝vs景虎の跡継ぎ争いは起こらなかったかもしれないのに&amp;hellip;&amp;hellip;。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;それにしても、伊勢姫を愛した謙信はとんでもなくピュアですね。恋人を想うあまり、ご飯がのどが通らないなんて。まったく戦国武将らしくない！&amp;#12288;謙信を想うあまり死んでしまった伊勢姫も純粋なので、私が思うに2人の恋愛は最高に甘酸っぱ～い少女漫画の初恋物語みたいなものだったんですね。すごく好き合ってるんだけど、恋の手立てがわからないからお互いにモジモジ。だから結婚するのにもモタモタしちゃって、家臣の反対にもあう。できちゃった結婚もそうだけど、勢いでポーンと結婚してしまえば、周りに後から文句はいわれても、しちゃったもんはしょうがないってなるわけですよ。でも恋愛ビギナーな2人にはそれができなかった。結果的に初恋が最後の恋愛となって、謙信はその恋を想い続けながら残りの生涯を過ごすわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;&amp;ldquo;軍神&amp;rdquo;と呼ばれ周囲からの人望も厚く、非常にカリスマ性のある人物として伝わる謙信ですが、この伊勢姫とのエピソードを見る限り、こと恋愛に関しては清廉潔白すぎて不器用な人物にも感じます。生涯無敗の戦の神としてあがめられても、謙信だって人間。なにもかも思い通りだったわけじゃないでしょう。そして男子ですから、やっぱり女子のことが気になる。そんな人間味溢れる謙信像を後世の人は残したかったのでしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;でもちょっと意地悪な考え方をすると、いくらなんでもピュアすぎるんじゃないかな？&amp;#12288;実際にこういう恋愛をすると考えると、もちろん早世するのはお断りですが、その前に謙信という男ってどうなの？&amp;#12288;確かに一国のトップでお坊ちゃんだからお金持ち。戦上手で人情に厚いから、頼りがいもある。なにより一途に自分のことを思ってくれます。でもこのびっくりするほどの純真さが、ずっと付き合っていくとわずらわしくなるかも??&amp;#12288;好きで好きで好きすぎて、妻や恋人が浮気しないか気になる。そして思いつめて、傷つけるのは嫌なのについ束縛してしまうのって、案外こういうタイプの男に多いもの(&amp;gt;_&amp;lt;)&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;決して謙信が嫌と言ってるんじゃないんです！&amp;#12288;せちがらい世の中で唯一正義の戦いをし続ける、家臣思いの当主なんてカッコイイ！&amp;#12288;と思いますよ。ただ、こういう人は遠目から見ていたいというか&amp;hellip;&amp;hellip;。好きなアイドルやミュージシャンにキャーキャー言うけど、実際に付き合っている人は全然違うタイプって人、多いでしょう。あこがれの人と、お付き合いする人は違うっていう、女子の複雑な心理なんです&amp;hellip;&amp;hellip;、はい。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3267/headline_bookguide1.gif&quot; alt=&quot;headline_bookguide1.gif&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;『武神の階&amp;#12288;上・下』&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/514-3vswsKL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;武神の階〈上〉 (角川文庫)&quot; /&gt;&amp;nbsp;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51fZCRrH-BL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;武神の階〈下〉 (角川文庫)&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;津本陽／角川書店&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;謙信の偉大なる生涯を描く。ここでは直江実綱の娘とラブラブで、前述の絶姫には見向きもしない一途・謙信が読めます！&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;『上杉謙信の謎～戦国正義英雄伝～』&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/517R3UrycEL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;上杉謙信の謎―戦国正義英雄伝 (ぶんか社文庫)&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;武山憲明／ぶんか社&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;謙信に関わった3人の女性について詳しく書かれている他、ファッションセンスや性病説など、さまざまな謙信の謎に迫る。&lt;br /&gt;
&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Thu, 15 Jul 2010 18:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:subject>http://www.honza.jp/author/9/reki_renai?entry_id=1811</dc:subject>
      <dc:date>2010-07-15T18:00:00+09:00</dc:date>
    </item>
    <item>
      <title>第10回　みんな名古屋に行こみゃあ――開府400年祭と徳川宗春</title>
      <link>http://www.honza.jp/author/9/reki_sansatsu?entry_id=1790</link>
      <description>&lt;p&gt;&lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/510ZrDWQr4L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;吉宗と宗春 (文春文庫)&quot; /&gt; &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/51MPW1ND22L._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;尾張春風伝〈上〉 (幻冬舎文庫)&quot; /&gt; &lt;img src=&quot;http://ecx.images-amazon.com/images/I/41KPnNCFkYL._SL160_.jpg&quot; alt=&quot;名古屋開府400年記念誌 尾張名古屋大百科&quot; /&gt;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;ご存知でした？&amp;#12288;今年は「名古屋開府400周年」。荒俣宏氏をゼネラルコーディネーターに迎え、名古屋では連日盛りだくさんのイベントが&amp;hellip;&amp;hellip;のはずなのですが、残念ながら奈良遷都1300年祭や龍馬ブームのあおりを受けてか、愛知県外の人には400周年の熱はあまり伝わってきていません（もしかしたら県内でも？）。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;長いちょんまげが特徴の公式マスコットキャラクター「はち丸」くんも大人気。連日名古屋城や名古屋市内の各イベント会場に引っ張りだこなのですが&amp;hellip;&amp;hellip;。うーん、こちらもせんとくんやひこにゃんほどには届いてきません。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;さて、この開府400年は、正確にいうと名古屋城が完成し、それ以前の中心地だった清須から町が移転してきた1610（慶長15）年から数えた年月になります。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;江戸幕府開府後、徳川家康は天領となった名古屋の地に４男の松平忠吉を入封させますが、あえなく死去。その後９男である徳川義直を尾張藩藩主とし、名古屋の地に巨大な城郭の建造を命じます。それは「天下普請」と呼ばれる国家プロジェクトとして発令され、諸大名が人と金を出して急ピッチで建築が進みました。で、1610年に無事完成したというわけです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;その後、幕末まで尾張藩は徳川御三家の一つとして存在感を見せるのですが、その歴史の中で、名古屋を語るに欠かせない人物が登場します。それが「徳川宗春」。尾張藩７代目の藩主です。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;この徳川宗春という人、現在の名古屋人気質の生みの親ともいわれています。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;それでは名古屋人気質とは？&amp;#12288;デビューしたてのタモさんがよくネタにしていましたが、「派手好き」なのに「堅実家」、そして「内弁慶」といったところが特徴でしょうか。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;「派手好き」なのは、名古屋城の金のしゃちほこや豪華な嫁入り道具に象徴的。「見栄っ張り」と言い替えてもいいでしょう。一方で、「質素」で「倹約家」の一面も併せ持つ。さらには「内弁慶」――東京と大阪へのコンプレックスが強く、全国に打って出るというのが苦手のよう。この性格は、プロ野球の中日ドラゴンズが引き継いでいますね。星野さんが監督の頃、「うちの選手は奥手すぎる。俺が一番有名でどうするんだ！」っていうようなことをぼやいてましたし。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;しかしですよ、歴史的に見ると、名古屋からは織田信長と豊臣秀吉という二大天下人が生まれているのです。それ以外にも、前田利家や加藤清正らの戦国大名も輩出している。戦国時代には、おおらかで気宇壮大な気質があったようです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;それがどこで屈折したのか？&amp;#12288;そのターニングポイントとなったのが徳川宗春。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;宗春が藩主だったのは、「暴れん坊将軍」でお馴染みの８代将軍・徳川吉宗の時代。吉宗というと享保の改革で質素倹約を推進したことで有名ですが、宗春はことごとくそれに対抗した政策を実行します。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;名古屋東照宮の祭礼を改革以前の盛大なものに戻し、芝居を奨励、遊廓も公認。城下町を一大商業都市へと変革させました。宗春自身も派手好きで、藩主になって初めて国入りするさいのファッションは、黒ずくめの装束に浅黄色の頭巾をかぶるという奇抜な出で立ちでした。彼に率いられた大名行列も、花笠をかぶり、竜や虎が描かれた羽織を身に付けるという異様な一行だったようです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;こうした開放的な政策や、宗春のパフォーマンスは、封建社会では異質な、彼の自由主義的なポリシーが背景にありました。「法令が多すぎると人は萎縮してしまう」「上に立つ人間が好き嫌いを押しつけてはならない」という彼自身の言葉も残されています。宗春の開放的な政策によって、名古屋城下は自由闊達な空気に満ちあふれ、全国から商人と富が流れ込んだのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;しかし、バブル経済というのはどこかで弾けるのが世の常。宗春が藩主になって５年後には、早くも藩財政は悪化し、開放政策のために領民の風紀は乱れていきます。ついには、将軍吉宗の命によって宗春は蟄居処分となり、生涯幽閉の身となってしまいました。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;宗春の退陣を見届けた名古屋の庶民は、「出る杭は打たれる」ということわざを骨身で感じたことでしょう。その結果、目新しいものをおそれ、排他的で内向きな気質が生まれました。つまり、「派手好き」なのに「堅実」で「内弁慶」な名古屋人気質は、宗春の奇抜なキャラクターとその後の弾圧という、彼の治世の陰陽から生み出されたものだったのです。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;そういった歴史を知ると、ほら、普段はちょっと付き合いにくいと思っていた名古屋人の性格も、愛嬌が出てきませんか？&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;世の中の龍馬ブームに食傷気味な歴史ファンは、是非名古屋に行ってみましょう。夏休み期間は夏祭りなどイベントが盛りだくさん。８月からは芸術祭「あいちトリエンナーレ」も開催されます。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;#12288;この夏は、名古屋がめちゃんこおもしろいだがや。&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3268/10-1.jpg&quot; alt=&quot;10-1.jpg&quot; /&gt;
&lt;p&gt;奢侈であり明朗闊達な宗春と、質実剛健の人・吉宗。正反対ともいえる２人の名君の対立が、重厚感を持って描かれている。倹約を強いて庶民を苦しめる吉宗の政策に、ことごとく反対する宗春。彼の突飛で自由奔放な行動は、爽快な気持ちよささえある。しかし、次第に権力の魔手が延び&amp;hellip;&amp;hellip;。&lt;/p&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3268/10-2.jpg&quot; alt=&quot;10-2.jpg&quot; /&gt;
&lt;p&gt;名古屋市出身で、同市名誉市民でもある清水義範。『笑説大名古屋語事典』『やっとかめ!大（でゃあ）名古屋語辞典』（どちらも共著）など名古屋弁に関する著書も多く、豊臣幕府の栄枯盛衰を夢想した擬史『金の鯱』は爆笑必至！&amp;#12288;『尾張春風伝』でも、宗春の快男児たる生涯が、深い名古屋愛をともなって描かれている。&lt;/p&gt;
&lt;img class=&quot;pointer&quot; src=&quot;http://www.honza.jp/share_file_path/user/3268/10-3.jpg&quot; alt=&quot;10-3.jpg&quot; /&gt;
&lt;p&gt;400年祭を記念して制作された名古屋市の公式ハンドブック。名古屋の歴史・文化から、宝物、食文化、そして現代の産業・政治・環境問題まで。このごった煮感も名古屋らしい。名古屋の旧跡と観光スポットが記載された折り込みMAPを持って名古屋をめぐろう！&lt;/p&gt;
&lt;p&gt;&amp;nbsp;&lt;/p&gt;</description>
      <pubDate>Mon, 12 Jul 2010 18:00:00 +0900</pubDate>
      <dc:subject>http://www.honza.jp/author/9/reki_sansatsu?entry_id=1790</dc:subject>
      <dc:date>2010-07-12T18:00:00+09:00</dc:date>
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